富士山撮影スポットに黒い幕 車、ごみ…観光マナー崩壊に最終手段

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コンビニエンスストアの後ろにそびえる富士山を背景に写真撮影する外国人観光客ら=山梨県富士河口湖町船津で2024年4月25日午後5時23分、野田樹撮影 拡大
コンビニエンスストアの後ろにそびえる富士山を背景に写真撮影する外国人観光客ら=山梨県富士河口湖町船津で2024年4月25日午後5時23分、野田樹撮影

 富士山を望む山梨県富士河口湖町。町の一角に、外国人観光客が押し寄せている。コンビニエンスストアの上に富士山が乗ったような写真が撮れるスポットとして話題を呼んだことで、カメラを構えた人がずらりと並ぶようになった。無断駐車やごみの放置などのマナー違反が繰り返され、住民は困惑。町は4月末、「最終手段」として、富士山を幕で隠して撮影できないようにする異例の工事を始めた。外国人観光客に人気の富士山を巡るオーバーツーリズム(観光公害)に“幕引き”を図れるか――。

撮影スポット、どんな場所?

 4月下旬のよく晴れた午後、富士急行河口湖駅から西に徒歩3分ほどの「井ビシ歯科医院」。前の歩道や医院の敷地で、アジア系とみられる観光客ら約30人がスマートフォンやカメラを構えていた。目当ては片側1車線の町道を挟んだ向かいにある「ローソン河口湖駅前店」と、店の背後にそびえる富士山だ。

写真を撮る外国人観光客らのすぐそばを車が通過する=山梨県富士河口湖町船津で2024年4月25日午後5時43分、野田樹撮影 拡大
写真を撮る外国人観光客らのすぐそばを車が通過する=山梨県富士河口湖町船津で2024年4月25日午後5時43分、野田樹撮影

 町などによると2022年秋ごろ、ローソンの上に富士山が乗ったような構図の写真がSNS(ネット交流サービス)に投稿され、アジア圏で拡散された。この構図で撮影するには歯科医院側でカメラを構える必要がある。同年末ごろから、歩道に観光客らが集まって写真を撮るようになったという。

患者から苦情の歯科医院は…

 コンビニとの間の道路を頻繁に横断するので、クラクションが絶えず鳴らされる。医院の軒下まで入り込み、中にはウエディングドレスを着て撮影する男女もいた。医院の駐車場がレンタカーで埋まったり、貸し切りバスを無断駐車されたりする事態も起きた。観光客があふれ、通路を通れなくなった患者から、歯科医院にも苦情が寄せられた。

 歯科医院の井出公一院長(72)は「世界中から来てもらっているから、いい写真を撮ってほしいけれど……。さすがに腹に据えかねている状況です」と頭を抱える。改修工事中で足場を組んでいるため、観光客が入らないように自費で柵を設置した。医院がある船津地域は、旧河口湖町の中心部。開業75年になるが、これまで観光客とのトラブルはなかったという。

共存保てず…「もう仕方がない」

 町は23年4月、英語や韓国語など4カ国語で無断駐車を警告する看板を設置。三角コーンなどを並べて患者の導線を確保した。同6月には警備員1人を配置し、住民の生活と観光との「共存」を保とうとした。

コンビニエンスストア前でポーズをとる人を撮影するため、向かいの歯科医院前にあふれる外国人観光客ら=山梨県富士河口湖町船津で2024年4月25日午後5時41分、野田樹撮影 拡大
コンビニエンスストア前でポーズをとる人を撮影するため、向かいの歯科医院前にあふれる外国人観光客ら=山梨県富士河口湖町船津で2024年4月25日午後5時41分、野田樹撮影

 しかし、24年に入ってからも、訪れる外国人観光客は増え続けた。コーヒー容器や食べ物の包装紙が放置され、歯科医院では朝夕のごみ拾いが日課になった。「横断者が怖くて車が運転できない」といった町への苦情も週2~3回寄せられるようになり、状況は悪化の一途をたどった。

 「観光地の自治体として、やりたくはないが、もう仕方がない」。町は4月、歯科医院前の歩道と車道の間に高さ2・5メートル、幅20メートルの黒い幕を張ることを決めた。風を通す遮光ネットで、医院側の歩道から富士山を撮れないように遮る。すでに工事を始め、5月中に設置を終える予定だ。

 町の担当者は「地域住民の生活に支障が出ていた。ここ数カ月の外国人観光客の増加で限界を超えてしまった」と説明。黒幕は一時的な措置だという。井出院長も「(双方が満足する)ウィンウィンになるのは難しい」と漏らした。

隣の市でも…

 ローソンは5月4日、河口湖駅前店に、安全のため道路横断の禁止を多言語で呼びかける簡易看板を設置。「安全対策について自治体や警察への相談と連携を進めて対策を取ります」とコメントを出した。

 富士山の撮影スポットを巡っては、隣の富士吉田市も対応に追われている。レトロな雰囲気が残る商店街と富士山を撮影できる「本町2丁目交差点」に外国人観光客らが集まるからだ。やはりSNSがきっかけという。車道にはみ出して撮影するなど交通上の問題が生じ、市は警備員を配置したほか、交差点前に3月、観光案内所を設けた。駐車場や公衆トイレの整備も進め、市内の周遊につなげようとしている。

城西国際大の佐滝剛弘教授=本人提供 拡大
城西国際大の佐滝剛弘教授=本人提供

この対応、専門家は

 「観光公害」などの著書がある城西国際大の佐滝剛弘教授(観光学)は、SNSでの情報拡散や、アニメの舞台などを巡る「聖地巡礼」で、町中に観光客があふれる現象はどこでも起き得ると指摘。「予兆」をいち早く察知して対応を考えることが、自治体に求められるとみる。

 佐滝教授は町の対応に理解を示しつつ、「日本を代表する富士山の景色を見ようと海外から訪れた人に対し、黒い幕では、隠そうという意図が強い。町内にある別の観光地の情報を幕に描くような『遊び心』があってもよかったのでは」と語った。【野田樹】

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