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「氷水ですよ。どんなに痛かったろうか……」。知床半島沖で乗員乗客26人のうち20人が死亡し、6人が行方不明となった観光船「KAZU Ⅰ(カズワン)」の沈没事故から2年を迎えた23日。長男(当時34歳)が行方不明のままの父親(65)は、冷たい現地の海水に両手を浸し、こう言った。「船の安全に携わる人は一度この海に手をつけてみるべきです。事故を起こすとどうなるのか、自分の身で知っておかないと責任のある仕事はできませんよね」
福岡県久留米市の会社員、小柳宝大(みちお)さん(当時34歳)がいなくなってから2年。「あれからずっと気力がないんです」と父親は言う。
父親は九州でAIやロボットの開発製造会社を経営していた。事故前の数カ月間は特に忙しく、連日徹夜するほど。だが事故後は精神的ショックで仕事ができなくなり、現在も休職中だ。このごろは15キロ減った体重を少しずつ戻し、カウンセリングを受けながら心身の回復に努めている。
それでも冬の寒い時期になると、宝大さんの苦しみを思ってたまらない気持ちになる。「あったかいご飯を食べてごめんね。あったかいお風呂に入ってごめんね」と。
父親には忘れられない言葉がある。事故の約4カ月前、仕事で多忙を極めていたころ、宝大さんが赴任先のカンボジア・プノンペンから電話をかけてきた。「そんなに仕事したらいかんよ。趣味を作らんと」。いつになくきつい口調で「しつこいなぁ」と思った。
しかし今になれば分かる。家族思いで優しい宝大さんのことだ。「自分がこの世を去って行くから、後のことが心配で言ってくれていたのかな」
◇
宝大さんは高校卒業後、在学中からアルバイトとして仕事のやりがいを感じていた外食チェーン「リンガーハット」に入社。約7年前からプノンペンで店長を任されていた。
職場での評価は「屈託がない」「正直で明るい」「仕事を一生懸命頑張る」。カメラと魚釣りが趣味で、所属していた会社の釣りクラブでは、同僚を乗せるために自家用車を買い替え、みんなが使う道具とエサを準備した。先輩からも後輩からも慕われる存在だった。
日本への一時帰国中に事故に遭った後、九州の実家にはプノンペンから宝大さんの荷物が送られてきた。中には宝大さんが大切にしていた釣りざおも。だが、父親にとっては「見るのも悲しい」。
もともと宝大さんに釣りを教えたのは父親だった。小中学生の頃、佐賀県沖の島へ連れて行き、磯でクロダイやメジナなどを次々と釣り上げて喜んでいた息子の笑顔が懐かしい。生前「趣味を作らないといかんよ」と言い残してくれたが、まだ釣りに行く気力は到底湧いてこない。
それでも「いつまでもふせっていたら宝大が心配するでしょうから。前を向いて歩いていかないと」。
今年は22日から斜里町に2泊した。冷たい小雨が降りしきる中でも港に立ち、「宝大のそばに来られて、夜も眠れないくらいうれしいですね」と、終始悲しげだった表情を少しだけ緩ませた。
宝大さんなら「そんなに悲しんでばかりじゃなくて、自分の人生を歩んで」と言ってくれると分かっている。「ちょっとくらい強くなって、また生きていこうと思うよ」。癒えない悲しみを抱えながら、海に向かって心の中でそう語りかけた。【伊藤遥】
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